レーザー冷却の限界と量子の逆転発想

忙しい人向けのざっくり解説
教室で机を叩くと必ず音がするけれど、もし“音がしなかった瞬間”だけを選んで並べたら、まるで机が自分から静かになったように感じるかもしれません。
今回の研究は、まさにその量子版です。物体から時々飛び出す光子を見張り、光が一つも現れない刹那を検出すると、その瞬間に球の振動エネルギーそのものが本当に下がることが分かりました。
“無”を測るだけで冷えるなんて、古典物理では起こりえない逆転現象です。この技術ではレーザーで球を照らし続けながら単一光子検出器で「ゼロ」を見つけるたびに、その静けさを“確定”させるように働きかけます。
言い換えれば「エネルギーが少ない状態を観察すると、物体のエネルギーも本当に下がる」という、かなりおかしなことが実現するのです。
研究者たちはこの不思議な効果を利用すれば、量子コンピューターを邪魔するノイズをさらに抑えたり、宇宙の根本法則をテストしたりできると期待しています。
私たちはふだん、何かを「測る」ときには、目に見えるものや耳で聞こえるものなど、“存在するもの”に注目します。
しかし実は、“存在しないこと”からも多くの情報を得ることができます。
鍵が見当たらないときに「どこかに置き忘れた」と気づいたり、空を見て雨が降っていないことで「傘はいらない」と判断したりするのが、その身近な例でしょう。
こうした「何もない」ことに気づく力は、量子の世界でも強力な武器になります。
物質を極限まで冷やし、振動や熱運動を抑えることは、現代の量子科学で重要な課題です。
温度が下がるほど原子や小さな物体の動きは穏やかになり、量子コンピューターや量子ネットワークの動作に必要な繊細な制御がしやすくなります。
特に振動を基礎的な量子状態(運動エネルギーが最低の「量子基底状態」)まで冷却することが目標となります。
そのため、物体の振動を冷やす手法としてレーザー冷却が広く使われています。
レーザー光を物体に当てて散乱させることで、光がエネルギーを運び去り、結果として物体の振動(熱運動)が冷やされるしくみです。
レーザー冷却の技術のおかげで、光の圧力で原子を宙に閉じ込めたり、鏡のような機械振動子をほぼ量子基底状態まで冷却したりすることが可能になりました。
しかし通常のレーザー冷却には限界もあり、ある程度以上には振動を小さくできない場合もあります。
研究チームは、この限界を打破するための鍵として量子計測に着目しました。
量子の世界では、観測(計測)を行うことで対象の状態に影響を与えることができます。
でたらめに動いていた物体も、上手に計測すれば、その情報を使って「揺れをもっと抑えてあげる」ことが可能になります。
このとき重要なのが「何を見たか」だけでなく「何も見なかったか」という情報です。
研究チームは「光の粒(光子)が1つも検出されなかった」という測定結果(ゼロ光子検出)に注目し、それを利用することで振動の冷却効果を高められるのではないかと考えました。