量子計測の宿敵:バックアクションとの闘い

近年、レーザー光で極小の粒子を空中に閉じ込めて精密に操る「浮揚オプトメカニクス」と呼ばれる実験手法が注目されています。
粒子が物理的に接触するものがないため熱の影響が抑えられ、粒子運動を量子の基底状態(最低エネルギー状態)まで冷却することにも成功しています。
これにより、ナノ粒子は極めて高品質な振り子(メカニカル・オシレーター)として機能し、微小な力の検出(例えば重力波や暗黒物質の探索)や、大きな質量の量子現象の検証といった、これまで困難だった実験への応用が期待されています。
しかしこうした測定では、観測に用いるレーザー光そのものが粒子をランダムに押したり引いたりしてしまい、粒子の運動状態(位置や速度)に乱れを与えます。
これが量子バックアクションであり、測定の不確かさ(ノイズ)とトレードオフの関係にあります。
量子力学の不確定性原理によれば、この撹乱ノイズと測定精度の積はある極限値(Heisenberg測定限界)以下には下げられません。
実際、レーザー冷却で粒子の運動を基底状態まで静めても、観測によるわずかな光の反作用が粒子に再びエネルギーを与え、量子状態の保持時間を制限してしまうことが報告されています。
したがって量子バックアクションを抑制することは、量子計測やセンサー応用のさらなる高精度化において非常に重要な課題となっています。
こうした背景から、世界中の研究者たちは量子ノイズ低減の新たな方法を模索してきました。
例えば、観測に用いるレーザー光を特殊なスクイーズド光(量子ゆらぎの片側だけを小さく絞った光)にすることで粒子が散乱する情報を巧みに制御し、バックアクションを低減する提案がなされています。
スクイーズド光とは?
光は「明るさ」と「波のタイミング」という二つのゆらぎを必ず少しずつ抱えていますが、スクイーズド光はこのゆらぎを片方だけ細く「絞る」ことで、もう片方にしわ寄せを集めた特別な光です。たとえばタイミングの揺らぎをぐっと抑えれば、そのぶん明るさの揺らぎは増えますが、時間を測る精度は飛躍的に上がります。逆に明るさの揺らぎを絞れば、光子の数をきわめて正確に数えられるようになります。この“ゆらぎの配分替え”は量子力学が許すギリギリの線で行われ、重力波検出や量子通信の感度を押し上げる切り札として活躍しています。
また粒子そのものの形を工夫し、球ではなく平たい六角形の板を浮かせることで光の放射パターンを変え、バックアクションが作用する空間領域を限定する試みも報告されています。
しかしレーザーによるトラップ光自体は維持したまま、この測定バックアクションプロセスを抑制・制御する道は、まだ十分に開拓されていないのが現状です。
スウォンジー大学の物理学研究チーム(著者ら)は、この問題に対し鏡を使うというユニークなアプローチで挑みました。
量子真空のゆらぎによる粒子への作用は、その粒子を取り囲む環境(素材や幾何形状)によって変化しうることが理論的に示唆されています。
例えばある研究では、球状の鏡の中心に原子を置くと自発的な光放出が完全に抑制されるとの予測も報告されていました。
著者らはこのヒントに着目し、球面鏡の中心に粒子を配置すればバックアクション雑音も抑制できるのではないかというアイデアを検証しました。
新たに発表された論文では、球面鏡による光学的な構造化環境が粒子の光散乱と情報の流れに与える影響を詳細に解析し、その結果として量子ノイズの劇的な低減が可能になる条件を突き止めたと報告しています。