社会不安レベルが高い人ほど「有名人崇拝」に陥りやすいと判明
社会不安レベルが高い人ほど「有名人崇拝」に陥りやすいと判明 / Credit: canva
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社会不安レベルが高い人ほど「極端な推し活」に陥りやすい (2/2)

2024.03.15 00:00:00 Friday

前ページ特定の人に執着する「有名人崇拝」と「パラソーシャル関係」

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社会不安が高い人は「有名人崇拝」に陥りやすい

今回の研究チームは、有名人崇拝に関連しそうな特性として「社会不安」「スマホ依存症」に着目し、オンラインプラットフォームを使用して、中国の大学から募った学生1147名を対象に調査を行いました。

年齢は19〜26歳で、女性が636名、男性が511名となっています。

参加者には、有名人崇拝・社会不安・スマホ依存症・社会経済状況のレベルを評価する一連のアンケートに回答してもらいました。

そしてデータ分析の結果、社会不安のレベルが高い学生ほど、有名人崇拝をしやすい傾向があることが分かったのです。

社会不安とは、他者とのコミュニケーションや公の交流の場において、自分がどう思われているかとか、人前で失敗や恥をかくことを過度に恐れる心理状態を指します。

社会不安レベルが高いと「有名人崇拝」に陥りやすい
社会不安レベルが高いと「有名人崇拝」に陥りやすい / Credit: canva

この理由について研究者は、社会不安レベルが高い人は現実空間での充実した交流が不足していることを挙げています。

そうした若者にとっては、有名人が心の避難所や友人のような役割を果たし、孤独感や他者交流の欠乏感を補ってくれる可能性があります

また有名人とのパラソーシャルな関係は、直接交流する友人などと違い、相手から不親切にされたり、冷たくあしらわれたり、拒絶される心配もありません。

この理由から、社会不安が高いと過度に有名人を崇拝してしまう可能性が高まると考えられます。

加えて、スマホ依存症のレベルが、社会不安と有名人崇拝との間の仲介的役割を果たすことも示されました。

具体的には、社会不安が高いほど、インターネットの使用頻度が増加し、その結果として有名人崇拝に繋がりやすくなっていたようです。

インターネット使用頻度は、スマホ依存症レベルと関連します。

ネットの使用時間が増えると、当然ながらSNSやYouTubeチャンネルをチェックする頻度も増えるため、有名人への憧れがより強まると考えられます。

スマホ依存度の高さが有名人崇拝につながる?
スマホ依存度の高さが有名人崇拝につながる? / Credit: canva

その一方で、社会経済状況(socioeconomic status:SES)が高い背景を持つ学生は、社会不安や有名人崇拝、スマホ依存の傾向が有意に低くなることも示されました。

社会経済状況(SES)とは、個人または家族の教育、収入、職業の状況を指します。

研究者によると、社会経済状況(SES)が高い家庭ほど、親が積極的に子育てをする傾向が強く見られるという。

それが子供の認知能力を向上させたり、良い生活習慣を身につけるのを助けることで、将来的な社会不安やスマホ依存を予防している可能性があるといいます。

その延長線上として、有名人崇拝も起きにくくなっているのでしょう。

今回の結果は中国の特定の年齢層にのみ焦点を当てていることに限界がありますが、同じ結果は多くの国々の若者にも見られる可能性があると考えられます。

かつては、こうした有名人崇拝はオタク特有の問題のように語られていましたが、現代は若者の間で広く見られる現象のようです。

その背景には、コロナ禍により孤立する人が増えた社会状況、若者の社会不安やスマホ依存、ネットで活動する配信者の増加が関連しているのでしょう。

有名人が言及したことで、特定の商品が飛ぶように売れたり、閑散としていた施設に来場者が増えたりといった現象はポジティブなニュースとして報道されていますが、その背景には若者を中心に増加傾向にある有名人崇拝が潜んでいる可能性があります。

有名人への憧れや応援は心理的にポジティブな効果をもたらしてくれますが、過度な崇拝は自身の生活を破綻させたり、周囲の人々に害を及ぼすリスクがあるため、有名人崇拝に陥りやすい特性がある人は注意が必要でしょう。

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社会不安レベルが高い人ほど「極端な推し活」に陥りやすい (2/2)のコメント

ゲスト

陝西師範大学の語呂の良さがヤバい、先生であり師範でもある。
難点は中国人にすら通じるか怪しいところ。
「先生であり師範なんだよ?」
「うん、陝西であり師範だよね?それが?」

昔なら宗教が拾い上げて救っていた人々が昨今の宗教弾圧のおかげで行き場失ってしまって預言者ですらない個人を崇拝するようになっただけだと思いますよ。
人間は程度の差こそあれ信仰の力なしには生きて行けないほどに精神がもろいので、信仰を取り上げられてしまえばあとはもう壊れるしかないのです。
でもちゃんと信仰を持っていると自覚して信者として生きて行く分には相手が個人でも構わないと思いますよ。
実際それで救われているわけですから。
どの宗教でも入信の儀式って「信仰の告白」が大きなウェイト占めてます。
自覚していない信仰をもって布教活動に熱心に励んでしまうのが問題なので、きちんと信者であるという自覚をもって教義に則った活動を心がければ問題はないでしょう。
そういう意味では信者が付いている方の方々も自分は教祖なのだという自覚をきちんと持って行動するべきだとは思いますけどね。
自分の一言が信者の人生を決めるのだという責任ですね。

    ゲスト

    宗教もアイドルも国家も経済も商業スポーツも全部同じ妄想で、特に崇拝行為の脳内での働きはマリア像を拝むのもアニメフィギュアを拝むのも全く同じと言う点では同意です。これは主に進化心理学者ロビンダンバーの主張を降り也にアレンジしたものです。
    しかし小児科医の熊谷晋一郎には「自立とは依存先を増やす事」という日本の心理学業界の名言があります。ストレス解消の方法には酒を飲む、運動する、友達と遊ぶ、ペットを可愛がるなど浅く広く依存出来るむよう豊富な選択肢を持っている事が健全なのです。友達がいない、ペット飼ってない、酒飲まない、運動嫌いだと解消方法が博打一択になって大金をスり続けるかもしれないし、性的依存なら売買春にばかり走ります。それらはその自覚があっても辞められず深入りし続ける点で問題です。
    信仰≒妄想も広く浅く持っているのが健全で、例えば「占いも愛も信じないけど金だけは信じられる」と思って守銭奴になっている人は幸福度も低いし周囲の人々に危害も加えるでしょう。
    妄想を持っている自覚は無くて良いから依存先が多くて依存と妄想を小さく分散させられている事が理想です。

当てはまる部分もあるけども

そもそも推し活代と生活費を分けてなく
全て私の金!!という扱いのせいで
切迫してるかどうかが分からない。
日々買いたいものも変わるし。
だから推しに使いすぎて食費が足りない
ということもあれば、
食費に使いすぎて推し活に回せないって
場合もある。
貯金も同じく。
みんなそんなに均等に分けているもの
なんだろうか?
そもそも生活費ってどこまでなんだ……

推しの意見は正しいと思い込む
ということは全くないな。
間違ってんだろうなって思っても
黙ってることは多い。
指摘するメリットないからね。

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